北千住

きたせんじゅ Kita-Senju

   
所在地  東京都足立区千住旭町42-1
駅番号 KM08
キロ程 東京起点9.5キロ                
駅構造 高架駅
ホーム 3面6線
開業年月日 1925年(大正14年)4月1日

 

停車種別:各停 準急 急行 通急 通特

大正12年、弊社の前身である葛飾鐵道の開通とともに開業。当時は起点駅だった。大正14年に中川電力鉄道(現在の川間線)も当駅を起点に開通した。

川間線・八潮線の分岐駅。元々は1面2線の地上駅であったが、昭和50年に高架化され2面4線の駅となった。昭和53年から万世橋線との直通運転を開始し、また川間線と八潮線の平面交差を解消するための工事が続けられ、25年間の工事は平成15年に完成した。結果多数の高架橋が入り混じる光景が現れた。

連絡通路を通じて、JR、東武、東京地下鉄の駅と改札内接続している。

通勤特急・通勤急行・急行・準急停車駅である。通勤快速は通過する。終日当駅止まりの上り列車が多く設定されており、そういった列車は引上げ線を用いて折り返す。

←東京・千住大橋・(万世橋線)南千住   <配線図>   (川間線)境 (八潮線)水元→

 

水色実線:川間線

黄緑実線:八潮線

赤実線:急行

青実線:緩行線

黒実線:その他

二重線:立体交差

※上り線は緩急・下り線は方向別に分かれている。両方向入線時には互いに干渉しない配線になっている。2層構造で、万世橋線ホームは下層に位置する。両ホームは階段等で連絡している。

ホーム番号は東武線・日比谷線からの通しであるが、日比谷線ホームの高架化に伴う番線変更によって平成8年より8番線が欠番となっている。

 

沿革

1923(大正12)年 (4月)葛飾鐵道の駅として開業

1923(大正12)年 (9月)関東大震災に遭う

1925(大正14)年 中川電力鉄道が当駅を起点に松伏(現ゆめみ野)まで開通

1938(昭和13)年 当駅~千住大橋間が開業

1943(昭和18)年 中川電力鉄道が葛飾鐵道に買収される

1975(昭和50)年 高架化されるが、改良工事は続行

2003(平成15)年 改良工事が完了し、現在の配線となる

 

隣の駅

千住大橋←[当駅]西綾瀬(八潮線) 武蔵梅田(川間線)


千住大橋

せんじゅおおはし Senju-Ōhashi

   
所在地  東京都足立区千住橋戸町11番地1 
駅番号 KM07  
キロ程 東京起点8.4キロ                
駅構造 高架駅
ホーム 3面5線
開業年月日 1938年(昭和13年)4月5日

停車種別:各停 準急 急行 通急 通特

昭和13年、北千住~当駅間延伸の際に開業。当時から葛飾鐵道(八潮線)と中川電力鉄道(川間線)は1面2線の北千住駅ホームを共同使用しており、折り返し列車の処理には限界があった。よって、葛飾鐵道は2路線の折り返し列車を北千住駅と当駅に分散させることでその問題を解決しようとした。また当時から京成線は上野駅まで乗り入れていたため、浅草・省線(現JR)経由の旅客を北千住で、上野への旅客を当駅で乗り換えさせようとした。

昭和36年に当駅から東京駅までが延伸されると一時は当駅折り返しの列車は東京直通となったが、線路要領の関係から昭和59年から当駅止まりの列車が復活し、その際に配線も現在のものに改められた。

現在でも終日当駅止まりの列車が存在する。折返しの定期列車は全て各駅停車であるが、当駅で折返す為には北千住~当駅間は急行線を通らなければならない。そのため当駅行の列車は「千住大橋」とのみ行先表示され、種別は表示されない。

準急・急行・通急・通特停車駅。通快は通過する。夕ラッシュ時には当駅で通勤快速による通勤特急の追越しが行われる。これも北千住駅のパンクを防ぐための策である。

当駅は高架駅であるが隣の三ノ輪橋駅は地下駅であるため、両駅間には最大38‰の急勾配がある。

←東京   <配線図>  北千住・(川間線)境・(八潮線)水元→

赤実線:急行

青実線:緩行線

 

 

ホーム番号は京成線からの通しである。また、東京から当駅まで緩行線を走行してきた下り準急・通急列車は当駅手前で急行線に転線する。

前述のように当駅は、折返し列車が存在する時間帯(土休日終日と平日夕方まで)と、通勤快速の通過待ちを行う時間帯(平日夕方以降)で各ホームの運用が異なる。

 

 

<折返し列車が存在する時間帯>

5番線 緩行線(各停)

6番線 急行線(準急・急行)

7番線 当駅始発(下り各停)

8番線 急行線(上り)

9番線 緩行線(上り)

 

<通勤快速が追越を行う時間帯>

5番線 緩行線(各停)

6番線 急行 副本線(通急準急当駅で待避を行う通特

7番線 急行 本線(通快待避を行わない通特

8番線 急行線(上り)

9番線 緩行線(上り)

 

 

沿革

1938(昭和13)年 葛飾鐵道によって北千住駅~当駅間が開業

1961(昭和36)年 当駅~東京駅間が開通 同時に高架化 折返し設備は高架化時に廃止

1984(昭和54)年 折返し設備を復活

 

 

隣の駅

三ノ輪橋←[当駅]北千住


三ノ輪橋

みのわばし Minowabashi

   
所在地  東京都荒川区南千住一丁目
駅番号 KM06  
キロ程 東京起点7.1キロ                
駅構造 地下駅
ホーム 2面4線
開業年月日 1961年(昭和36年)10月1日

停車種別:各停 準急 通急

昭和36年、千住大橋~東京駅間延伸の際に開業。当駅は地下駅であるが、隣の千住大橋駅は高架駅であるため両駅間には38‰の急勾配がある。

当区間の地下線は2本の複線トンネルが平行して建設されているため、上下線のホームは同じ高さにあるが互いを望むことはできない。

都電荒川線(さくらトラム)の同名電停との連絡駅。

←東京   <配線図>  北千住・(川間線)境・(八潮線)水元→

 

 

急行線にも普段は使用されない臨時ホームが存在し、地下区間の検査などで当区間が片方の複線のみで運用される場合などに使用された実績がある。

 

沿革

1961(昭和36)年 千住大橋駅~東京駅間の開通にともない開業

 

 

隣の駅

上野桜木←[当駅]千住大橋


上野桜木

うえのさくらぎ Ueno-Sakuragi

   
所在地  東京都台東区上野桜木
駅番号 KM05  
キロ程 東京起点5.0キロ                
駅構造 地下駅
ホーム 4面8線
開業年月日 1961年(昭和36年)10月1日

停車種別:各停 準急 急行 通急 

昭和36年、千住大橋~東京駅間延伸の際に開業。同時に手賀沼線も乗り入れた。手賀沼線の起点駅である。また同じ常武急行の路線でありながら、本線系統(川間線・八潮線)と手賀沼線は当駅が開業するまで直接接続していなかった。

開業当初は本線系統の複々線から手賀沼線の列車が発着していたが、両線の本数増加に伴い手賀沼線専用のホームを1階層下に建設し、平成17年に2面4線のホームが2つの現在の配線となった。

当区間の地下線は2本の複線トンネルが平行して建設されているため、上下線のホームは同じ高さにあるが互いを望むことはできない。

←東京   <配線図>  北千住・(川間線)境・(八潮線)水元・(手賀沼線)青砥→

 

橙二重線:手賀沼線立体交差

 

 

沿革

1961(昭和36)年 本線千住大橋~東京駅間の開通、及び手賀沼線汐入公園~当駅間開通にともない開業

1986(昭和61)年 手賀沼線ホーム(5~8番線)建設開始

2005(平成17)年 手賀沼線ホーム竣工・共用開始

 

 

隣の駅

根津←[当駅]三ノ輪橋(本線)下谷(手賀沼線)